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給料2
先月はイタリア人給料のお話をしましたねぇ。びっくりされた方もいたのでは・・・?? 今回も3人の方に登場してもらいましょう!! ルイジ君(32歳)彼はドラムを担当するバンド好きな人。 暇があれば夜遅くまでバンドの練習にくりだす。 一方結婚を決めた彼女とも3年の付き合いだ。 結婚をするためにはどうしてもまともな仕事につきたい! そう彼もこの失業率の多いシチリアの犠牲者の一人、まともに仕事などしたことがなかったのだ。 親と一緒に暮らし、毎日就職活動をしていた。 それ以外にすることもナシ。マジメに探した。でも無い。 いくつかトライもしてみたがぜんぶ詐欺のような仕事ばかり。 (余計な編集注) ここでひとつ、書かせてください。 「詐欺のような」で思い出しました。 今でこそ、私もある程度生活は安定していますが、その昔、本当に食べていくのに苦労しました。 仕事が本当になかったのです、ミラノに住んでいて、日本人 で、労働許可があったのに。 そこでいろいろと仕事を探したのですがその中で連絡があって行ったら「エルバ・ライフ」という、英語でいうところの「ハー ブ・ライフ」というものがありました。 本当に怪しかった。 でもこれは英国でも同じような体験を同社の集まりでしたことがありますので直ぐにピンときた のですが。 正直、この会社がどんな会社かは私にはわかりません。 しかし「なんでこんなに苦労して仕事を探さなくてはいけないんだ!」と泣きたくなった のは覚えています。 今ではそういったいろいろな苦労が私のベースとして(知識として)あるので、そして(ここには書けないような苦労も)「いろいろと」ありましたので私はなにがきても怖くない やい、という気概をもっています。 なのでこういったななえさんの御知人のお話しを聞くととても人事とは思えないで読んでいます。 以上、個人的体験によ る、私の感想でした。 数年前に10箇所以上の職業斡旋会社に登録をしてことがあったがまったく音沙汰などなかった。 ところがそのうちの一箇所が6年後に仕事の話をもってきた。 携帯電話会社のお客様センターの電話相談だ。 奇跡か冗談だと思ったと語る彼。 これでまともな職につける・・・と思いながら契約書を見る。。。 なんとたったの一年契約ではないか・・・まっ一年でもいいから働きたい! マジメに働いた。給料は一日10時間週6日労働で月750ユーロ。 ないよりはマシ。そして二年目の契約書を渡された。 また一年だけの契約更新書だった。 給料も同じ、、、仕事は思ったより大変で夜中に働かされることもある。 好きなバンドもできないくらいだ、、でも仕事が無いよりはマシ。 迷うことなくサインをした。マジメに働いた。。 きっと次回はもっと長期の契約がもらえるかもしれないという希望をもちつつ・・・・ でも3年目の契約は無かった。 ナゼって会社が失業者を雇った場合彼の給料は2年まで国が払ってくれていたからだ。。。 その後は会社が全額払うことになる。 だからルイジ君をクビにしたのだ。 彼は32歳、またボー然とする毎日を過している。 彼女との結婚を夢見ながら・・・ アントニオ君(30歳)彼も普通に失業者。 何かちょっとした仕事を見つけてはちょっとだけ働いていた。 どこもちょっとしか働かせてくれない。 彼が高額な給料を請求しているわけでもない。 仕事がないから少ししか手伝わせてくれないのだ。 週に一回日曜日だけ「ラ・シチリア」という新聞に求人欄が出る。 週に一回なのに求人欄には10件から20件程度しか載っていない。 そのくせ「私仕事探してます欄」には50人以上も載っている。 (再度編集注)私も初めて、11年前にフィレンツェに住んだ時に地元紙の「仕事を探していま す」が凄く多くて、「仕事を提供します」がすっごく少なくて(その当時はイタリア語もわからなかったので)知人のイタリア人に「これ、逆じゃないの?」と まじめに尋ねた記憶があります。 本当に信じられませんでした。 アントニオはいつものように失望しながらもその日曜日の新聞に目をやった。 すると月1000ユーロ以上の収入、簡単な仕事、人材多数募集、中卒もOK。 と載っているではないか! 翌日の月曜日連絡をした。 早速来て下さいと言われ、今度こそまともに稼げる、ウキウキしながらその日の午後ある小奇麗なオフィスに行った。 そこには40人ほどの面接者とスタッフがいた。 しかし彼は何の仕事か、いまいち分からない。 電話で聞いても教えてくれなかったし、面接とは言え何か売り上げの話ばかりで何の仕事かも分からず、質問をしても教えてくれない。 とにかく言われたのは「あなたは今回の面接に合格したので翌日また来て下さい」と。 なにもしていないのに合格とは・・・ずいぶん景気の良さそうな会社だ。 オフィスもキレイだし。 翌日はいよいよ給料の話しをした。 1000ユーロ以上というのは本当らしい。 でもまた何の仕事かは教えてくれなかった。 また翌日来て欲しいと言われた。 なんとなく不安を感じつつ3日目の面接。 その日はやっと何の仕事がはっきりした。 スタッフは掃除機を持ってきた。 いろんなシステムのついたインテリ掃除機だ。 プロフェッショナルアイロンだってできる。 これを各家庭に電話をして販売するのだ。 この掃除機いくらだと思う??最低300ユーロから600ユーロもする代物。 そんな高価な掃除機など誰も買うはずがない!! 給料は歩合給だ。 話を聞いたその夜、テレビのある番組でイタリアでは超高価なインテリ掃除機がドイツ・オランダではその10分の1で販売されている、イタリアでそういった 詐欺があるという内容だった。 彼はまだ普通に失業中。 ピエトロさん(42歳)ローマ在住、結婚10年、4歳と8歳の2人の息子を持つ。 彼は弁護士だ。 というより弁護士の資格を持っている。 資格を持っているのに弁護士として働けない。 弁護士の数の多いイタリアでは(昔テレビでナポリ大学法学部の卒業生と日本全国の弁護士の数が同じと言っていた。だからイタリア全国の弁護士の数がどれだ け多いか分かるでしょう)弁護士の職につくのも運とコネだそうだ。 かれはその2つとも持ち合わせていなかったために弁護士として働く道をあきらめた。 しかし弁護士の資格を持っているとは言え、いろんな仕事に簡単につけるものではない。 仕方なく資格をとった後しばらく失業者をしていた。 なんとか見つけた秘書や会計士のアシスタントの仕事をしたりした。 でも給料は微々たるもの月500ユーロ。 そんな少ないお給料でも結婚をして子供を2人もうけた。 その後も大工やマンションの掃除やらいろんな職を渡り歩き家族を守っている。 最近なんとかまともな仕事を見つけた。 小学校の用務員の仕事だ。 月700ユーロ。 毎月ちゃんと給料がもらえるようになったとは言え家族揃って楽しくピザの一枚も食べに行けない。 給料が安いのに物価は容赦なく高い。 はぁ。しかし私もこんな話をしょっちゅう聞かされているのでもう慣れたけど、慣れる前はただただ信じられなかったし考えられなかった。これが本当の話だと は・・・ここでは努力は実らないのだと・・・運とコネがないと何もできないなんて・・・仕事があったとしても選べないなんて・・・ でも北イタリアはマシなのかな??? (編集注)多少は・・・・ でも状況はあまり変わらないかも。 実は先日、ある方に同伴して (お仕事で)銀行に行きました。 そうしたらそこの銀行の人がしゃあしゃあと「ミラノは賃金が他の都市に比べて高いから一人で月に1500ユーロ取る人も 沢山います」とのたまわっていた。 信じられない。 それはうそじゃないのか、確かにそういう金額を取る人もいるでしょう。 しかし、私がほんの数年前、 今から3年ほど前にある日本企業から定職を紹介された時(とってもよいお給料で身分も申し訳ないほどよく、社の方もとても素晴らしい方ばかりで、非の打ち 所がないほどでしたがご理解戴いたうえで丁重にお断わりいたしました。 家に帰ったらフランカに怒られましたが。 理由ですか? 自営業が私の水にあって いるので)はかなりそれに近い金額でしたので「月に1500ユーロも取る人が沢山いるう? うっそだあ」と直ぐに思ったのです。 確かに「いる」というこ とは否定しません。 でも「たくさんいる」とは思いませんでした。 最後にだいたい32歳までの若者には仕事を優先的にもらえるらしいが(政府の援助があるらしい)、それ以上の年齢の場合余裕で仕事が見つからない。 結婚していたり、子供がいたりすると余計仕事がもらえない。 家族手当を支給しなくてはならないからだ。 失業者手当なるものがありますが、登録をしてもほぼもらえません。 マXXアが優先的にそういうのをもらったり、コネのある人が優先らしいです。 そういう不正が普通です。ここでは。 本当に困っている人が失業手当をもらえないなんて。 一時職業斡旋所の所長が狙われたんです。それから所長はボディーガードつけてます。 (編集注)実はななえさんとお電話で話をしていました時にここには書けないようないろいろなお 話をもっと伺いました。 さすがに「それは誰か日本語のわかるイタリア人が読んだらまじめにななえさんの身が危ないから書けない」と本当に思うようなこと ばかりでした。 ですのでここにはある程度押さえたお話だけ、ななえさんは書かれています。 しかしそれでも凄すぎる・・・ ななえさんのお話はとても説 得力があるといつも感謝しています。 最近その所長のいろんな不正が発覚して、所長の給料4000ユーロが2000ユーロに減給になったそうです。お前の給料を困っている人にやれ!って感じで すよねぇ!!ちなみにこういう話は近所で普通、日常的に交わす内容です。 (編集注) ここに書かれてたことは決して嘘でも誇張でもありません。 2004年3月 (編集注)はお世話になっているWEBあもーれ・ みぃおに載せたからです。 |