スナフキン

今回ははちょっとビックリ&悲しいお話を。。。。

自称ピーグラさん(日本語でナマケモノさん)37歳日本人女性。彼女は4月に脳の病気で亡くなってしまいました。
本当にビックリです。
彼女は私やエトナさんの友達であり、またイタリアにおいて数多くの人達の友達でもありました。
彼女はエトナさんにスナフキン(ムーミンの友達)と名前を付けられたほどぷらっと気ままにビンボー旅行をしたり好きな場所に滞在したりしていました。

彼女はシチリアに憧れ初めてシチリアの地を踏んだのは13年前。
それから日本で仕事をしてお金を貯めてはシチリアに戻ってきたのです。
シチリアを詳しく書き綴ったホームページを作ってしまうほどでした。
そんな彼女と知り合ったのはエトナさんを通して7年前くらいでしょうか。
その頃から毎年エトナさんちや私の家に来るようになりました。
それもある日突然、なんの連絡もナシに「今カターニアの駅にいるんだけど行ってもいい?」と電話がくるのです。
当時日本人の友達がいなかったので私はとても大歓迎でした。
本当に突然スナフキンのように突然現れ、同日中に行ってしまったり、翌日行ってしまったり、しかも目的地も決まらないままぷらっと・・・・。

そんな気ままにのんびりとイタリアを素朴に旅行している彼女が羨ましかったし、話を聞くのもすごく楽しかった。シチリアの他にもイタリア中をほとんど周っ たり、ギリシャ、チュニジア、チェコスロバキア、クロアチア、オーストリア、スイス、フランス、ドイツ、イギリス、デンマーク・・・・ヨーロッパをほとん ど周ったと言ってよいでしょう。
少しのお金で、一人で、孤独だけど自由にそれこそスナフキンのように旅をしていました。

でも彼女の憧れていたことは旅行だけでなくイタリアに住むことでした。
旅行者としてでなく学生として亡くなる1年半前からフィレンツェに住みはじめたのです。
フィレンツェの学校に通いながらも週末やシチリアの町でお祭りになるとまたシチリアにやってきたりして、そのたび突然の彼女の訪問には驚かされたものでし た。
だって相変わらずカターニアの駅から当日電話をしてきたり、突然家のベルを鳴らしたり。。。。

2年前のカターニアの聖アガタのお祭りに彼女と一緒に行きました。
その時の混雑のためか彼女は突然具合が変に悪くなったのです。
今思えばそれは病気の症状だったのかもしれません。

彼女と最後に会ったのは昨年の春でした。
その時彼女は私に言いました「シチリアは大好きだけどもう来れないかもしれない」。。。。
私は金銭的にもう来れないものと解釈しましたが、そんなお金のことよりも彼女が言うように本当に来なくなってしまったらどうしようと(どうにもならない が)、彼女が去った後もしばらくその言葉が頭から離れませんでした。

ここはシチリア。
旅行者は多いけれど、なかなか日本人のお友達が作れません。
だからしょっちゅう来てくれた彼女と過す時間がとても楽しかった。
スナフキンの彼女は本当に楽しかった。

5月半ばエトナさんの所に彼女のお母様から国際電話が入った。
「病気で亡くなった」と聞いて信じられない瞬間でした。
彼女は昨年フィレンツェで倒れて即帰国。
日本で入院、回復、入院を繰り返して、倒れてから数ヶ月で亡くなってしまいました。
彼女自身も病気があるなどとは気付いていなかったようです。

昨年のクリスマスカードには「またシチリアに行くね」と書いてありました。
またいつか突然来るんじゃないかと待っていた矢先のことでした。

海外に住んでいると旅行者の方に会ったり、在住者に会ったり、イタリア人、外国人、いろーんな人に出会えて楽しい反面、その分だけ別れもあるのですごく辛 いこともあります。

彼女が亡くなったということがどうしても信じられません。
またいつか突然電話をくれたり家のベルを鳴らしてくれるのを楽しみにしているのです。
でも彼女はスナフキンのように永遠に世界中を周り続ける旅に出てしまったのでしょう。
楽しそうに旅行をしている彼女の笑顔を思い浮かべます。

2004年6月